―――・・・声が、聞こえる。




















泣き続ける、彼女を抱きしめたままの悟空、その様子を見つめる事しか出来ない悟浄、八戒。

不安ばかりが全員の胸に押し寄せる中、未だ手術は続いていた。

静まり返った病院内には、非常口のランプの光しかない。

それがまた不安を大きくするのだった。










「三蔵、三蔵・・・っ」





「落ち着けよ!三蔵は今、頑張ってるから・・・っ」










こんな状況で落ち着ける筈など無い事は、悟空も重々承知だった。

今、自分も心臓がバクバクと波打っていて落ち着けていないのだから。

けれど彼女にかけられる言葉といったら、これくらいしか無い。

”絶対助かる”なんて確証の無い言葉など、は望んでやしないのだ。

それを解っている悟空だからこそ、落ち着けとしか言いようがないのだった。










「俺が居なきゃ生きられない馬鹿、置いてなんか行かないって・・・三蔵言ってたじゃん!」










まだ死ぬと決定したわけじゃなくとも、マイナスの思考が働いてしまう。

は涙を流したまま叫び続ける。

自分を抱きしめている悟空も突き飛ばし、手術室の扉に向かって。

ただ三蔵を呼び起こす様に、扉の向こうに届くように。










は馬鹿だよ!三蔵が居なきゃ生きられないよぉ・・・!!」















”てめぇは本当に馬鹿だな”





”なぁに、突然”





”・・・俺が居ねェと、生きてられねェンだろ?”





”そんなの、お互い様じゃない”










至極当然の様に言う、その言葉に珍しく驚いた表情をする三蔵。

その表情の直後、三蔵は笑い出した。

でさえ1回程しか見た事の無い、楽しそうに笑う姿。

それこそ大笑いしているわけではないけれど、滅多に見られない笑顔。

彼女はつられる様にはにかんだ。















その映像がの脳にフラッシュバックして、彼女の涙は量を増した。

楽しそうに笑う三蔵が見たい。

また2人で軽口の言い合いがしたい。

三蔵の姿が見たい。

三蔵の声が聞きたい。










「ただの記憶じゃ・・・、全部、色褪せてるの・・・っ!」










記憶に残る三蔵は、その時の三蔵そのものであるはずなのに。

ただの記憶である事には変わりない。

ただの記憶は、あの本物に敵いやしない。

鮮明に残っていた結婚式の記憶だって、どんどんと色褪せていってしまうんだ。










「さんぞぉ・・・っ戻ってこなかったら、死体をリンチちゃうんだからぁ!!」










その言葉を、今までよりも大きな声で叫んだ。

手術室に限らず、病院内全体に響くように、体力を振り絞って出した声。

この声には溢れんばかりの想いだって詰まっている。





ドラマや作り物なら、きっと今この瞬間、手術室のランプは消えるのだろう。

けれど、生憎とコレは現実だ。

そんな都合の良い事なんか起きやしない。

だってそんな事は解っているのだが、期待してランプを見てしまう。

やはり消えない、未だ煌々と光っている鮮烈な赤。










「・・・っさん、ぞ・・・」










泣き続け、叫び続けた為に体力はもう限界だった。

元より、三蔵が事故に遭ったという連絡を受けた直後から、絶望に体力が大きく削がれていたのだから。

床に座り込んでいた体が、ぐらりと力なく倒れこむ。

悟空は慌ててその体を支え、なんとか地面との衝突を回避した。










・・・っ!」










何度呼びかけても、悟空の腕の中で微動だにしない

ついに彼の目元からも大粒の涙が零れだした。

ぎゅ、とを抱きしめなおすと、悟空は手術室の方を睨む。










「さんぞー!!てめぇ、帰ってこなかったら許さねェんだかんな!!」










悟空の言葉はまだ続く。

さっきまでのの様に、悲痛な叫び。

悟浄と八戒は未だ、ただ彼らを見つめる事しか出来ずに居た。

こんなに必死な2人を止める権利など無いし、せめて自分達だけは冷静に居ようと思い、叫ぶ事すら出来ない。

ただ立ち尽くすしか、今の彼らには出来る事が無かった。










「こんだけ心配かけといて、自分だけ死んで楽になるなんて、ぜってー許さねェ!!」










を笑顔にしてやる事が出来るのは、三蔵だけなんだ。

三蔵を笑顔にして、ずっと此処に居られるのも、が居るからなんだ。

この2人は、絶対に離れちゃいけない。





悟空の脳内にはその考えだけが渦を巻いていた。

すっかり弱ってしまったを抱きしめて、泣き叫んで。

早く三蔵が、いつもの余裕な飄々とした表情で出て来ることを望みながら。




















―――・・・




















突然、の目が大きく見開かれた。

悟空の腕からするりと抜けて、危ない足取りで立ち上がる。

3人はどうしたと声をかけようと思ったのだが、何故か声が出ない。










「さんぞー・・・?」










ポツリと、手術室の扉を見つめたままは呟いた。

しんと静まり返った廊下の暗闇に、すぐに溶けて消えた声。

けれど3人はしっかりと聞き取っていた。

それこそ、耳元で言われたかの様に、鮮明に。




















―――・・・・・・




















頭に響く低い声。

それは、大好きな三蔵の声の他無く。

は発作的に手術室の扉を開いて中に駆け込んでいった。

突然の事についていけず、ただ立ち尽くしている悟空達。

我に返ったのは、が駆けて行ってから5秒後。










「三蔵!三蔵!!」





「いけません、手術中です!」





「離して!三蔵が、三蔵が・・・っ」





「旦那さんは今、必死で治療している所です!待合室で待っ―――」










ナースが止めるのも振り払って、は奥へと駆けた。

三蔵の声は未だに頭に響いては消えていく。

最初は朧げだった声も、今では鮮明に、強くなっている。

まるでを呼ぶ様に。

否、呼んでいる。










「三蔵!!」










手術台を囲っているカーテンを引いて、は目の前の光景に目を見開いた。

体は全て緑のシートで覆われ、唯一見えている顔には酸素マスクが取り付けられている。

周りには必死で治療しているドクター達。

の目は、そのドクター達の手元へと向いた。





鮮烈な赤。

それはまるで、手術中のランプ。

近くにある銀色の皿には、白い脱脂綿に染み込んだ赤い血が大量にあった。

それにより、の顔は一瞬にして青ざめる。










「・・・っ、三蔵!!」





「いけません奥さん!!すぐに出て行ってください!」










三蔵の横に駆け寄ったを見て、その場に居たドクターやナースがを無理矢理出て行かせようとする。

関係者に患者のこんな無残な姿はドクター達も見せたくない物。その関係者が妻であれば、尚更。

必死にからこの光景を遠ざけようとするが、彼女も必死に抵抗して三蔵に呼びかけ続ける。

先ほどの様に悲痛な叫び。

ドクター達の胸が、締め付けられる様に痛み始めた。










「いやぁっ離して!!三蔵、三蔵!!起きてよ、目ぇ覚ましなさいよぉ!!」










腕を掴まれ、外に引っ張り出されそうになっても、彼女は尚叫び続ける。

頭に響く三蔵の声は、もうの聴覚すら支配していた。

ドクター達の声はもはやの耳に届いてはいない。










を置いて行かないんでしょ!?何、死にそうになっちゃってンのよ!!」










の目に映る彼の顔は蒼白。

三蔵の肌は元より白かったが、ここまででは無かった。

それに伴う様に、彼の心臓のデータを取り続ける心電図は危ない数値を弾き出していた。

どこからが危ない数値かなど、にだって解る。

それがまた彼女の心臓を波打たせた。















「三蔵――――――――――!!」




















低下していく数値。

失われていく体温。

蒼白になっていく綺麗な顔。





どうして、には止められないの―――?

























「―――――うるせー・・・よ、ばァか」

























ははっとして、伏せた顔をゆっくりと上げた。

それと同時に頬に添えられた、大きくて少し冷たい掌。

目が見開かれた。










「・・・さん、ぞ・・・?」





「なんて顔、してやがンだ・・・」










目の前で力なく微笑むその人は、まさしく三蔵だった。

突然の驚きと喜びに声も出ない

そんな彼女の頬を撫でて、三蔵は言葉の乱暴さとは裏腹に、ただ微笑んだ。










「・・・っい、意識が戻ったぞ!早く次の治療に取り掛かれ!!」










本当に時が止まったかの様に動けなかったドクター達が、1人のドクターの声によって我に返った。

そしてを抑えていたドクターも持ち場に戻って治療を再開する。

心電図は正常値に戻りつつあった。

は再び流れ始めた涙を止めようともせず、三蔵の冷たい手を両手で包み込む。










「・・・心配、したんだから・・・」










ようやく出せた言葉。

も三蔵と同じく微笑んで、彼の手を大事そうに握った。

溢れ出す涙は枯れない泉の様に、次から次へと頬を伝って流れていく。

三蔵の手が頬から離れ、その涙を不器用にも優しく拭った。










「シケた顔・・・してンじゃねェ。テメェは、俺の隣で・・・馬鹿みてェに、笑ってろ」





「・・・うん」










本当に幸せそうな2人の様子を、ドクターやナース達は嬉しそうに見ていた。

治療を行う手は休めず、早く彼を彼女の元に帰さねば、の一心。

再び手術室が慌しくなってきていた。










「・・・どォせ、外にアイツら・・・居るんだろう」





「居るよ。皆、三蔵を心配して待ってる。悟空なんて、たくさん泣いてるんだから」










その言葉を聞くと、の頬に再び添えられていた掌が離れた。

三蔵は一度鼻で笑って彼女に笑みを向ける。

それは達が望んでいた、三蔵のいつもの笑み。

余裕で、自身に溢れていて、隙の無い。










は、アイツらの所に戻れ・・・お前の心配の方ばっか、してンじゃねェか・・・?」





「・・・でも、でも三蔵が・・・」





「・・・手術室に駆け込んでくる、俺が居ねェと死んじまうような馬鹿置いて・・・死んだりしねェよ」










頭に響いて、聴覚さえも奪った声。

今の言葉も確実にの聴覚、もはや意識さえも支配していた。

彼女は大きく目を見開いてから、ふと微笑む。

心の底からの安堵。

悟空よりも、悟浄よりも、八戒よりも、誰よりも信頼出来る人の言葉。





はこくりと頷いて、今一度三蔵を見つめる。

彼の紫暗の双眸が早く行け、と促した様に見えた。

彼女は未だ少々の心配を残しながら、ドクター達に頭を下げる。

騒がせてしまった事への謝罪。

深々と下げた頭をゆっくりと上げると、は穏やかな微笑を浮かべていた。

ドクター達がその微笑に見とれる中彼女は踵を返して手術室を出て行った。




















そして、翌日の事。




















「三蔵、林檎むけたよー」










病院の一室では、少々いびつであるが、林檎のウサギの乗った紙皿を三蔵に手渡していた。

そのウサギを見るなり三蔵は眉を顰める。

それはどこかスネて居るようにも見えた。










「てめぇ・・・もうちょっと上手くむけねェのか」





「うるさいなぁ。三蔵がやったら、ウサギの残骸になってるじゃないか」





「うっせェ」










お互いに望んでいた、軽口の言い合い。

それは今ここに実現しているわけなのだが、どうも子供のささいな口喧嘩の様。

こう考える人物は他にも居たらしく、丁度病室に入ってきたナースや悟空達が苦笑していた。

悟空は口喧嘩への考えよりも、林檎のウサギの方にすぐさま食いついて行ったのだが。










、ウサギ上手じゃん!食っていい!?」





「悟空もそう思うよね!?よっしゃ、じゃんじゃん食えー!」





「馬鹿、悟空は食えりゃー何でもいいンだよ」





「三蔵よりは上手だと俺思うけどなぁ」










の林檎ウサギを幸せそうに頬張りながら、悟空はそう言った。

その後に三蔵のハリセンが空を切ったのは言うまでもないだろう。















「・・・クリスマス、結局病院でだったね」





「別にいいだろうが。てめぇの望み通りになったんだから」





「一緒に居たいって?・・・何言ってンのよ、こんなの望んでないってば」










ムスッとして自分のむいた林檎ウサギをは口に入れた。

穏やかに会話する2人の傍では、林檎の争奪戦が繰り広げられている。

勿論、悟空と悟浄が争奪していて、八戒はもう諦めてきている仲裁者。

三蔵は病室でも変わらぬ煩さに青筋を立てているが、それよりもの話に耳を傾けていた。










はね、三蔵が無傷で、自分の家で、何事も無いクリスマスを過ごしたかったの」





「・・・贅沢だな」





「・・・そうだね。普通を望むのが、一番の贅沢だよね」





「だが、まぁ・・・・・俺も同感だ」









そう言うと、三蔵は困り果てている八戒に愛用のハリセンを渡した。

渡されても困るという表情をする彼に、三蔵は迷い無くやれ、と頷く。

暫く躊躇っていた八戒だったが、やがて決心した様にハリセンの柄を握りなおした。










「すみません・・・っ!」










スパァンッ

三蔵と張る位のハリセンさばきで、2人を意気消沈させる事に成功。

八戒は申し訳無さそうに苦笑しながら三蔵に丁寧にハリセンを返した。

その様子を呆然と見詰める

だがやがて、彼女はクスクスと笑い出した。










「・・・・・メリー、クリスマス」










その内、ポツリと呟かれた一言。

その声の主は三蔵。

はきょとんとしてから、いつもの様に少々幼い微笑を浮かべた。

彼女の手が三蔵の頬へと伸びる。

三蔵は抵抗などせず、その手に自身の手を重ねた。










「メリークリスマス、三蔵。無事で凄く嬉しいよ」










言葉と共に三蔵の額にキスを落とした。

それは彼に巻かれた包帯のせいで、彼自身の額には届かなかったのだが。

それでも、三蔵は満足そうに鼻で笑った。










「てめぇがしつこく俺の名を呼ぶから、目が覚めちまっただけだ」





「・・・へ?」










確かに病院に来る前から、三蔵の名は呼んでいた。

それはもうしつこく、何度も、声にこそ出さなかったが、心の中で。

三蔵はその声を、聞き取っていたとでも言うのだろうか。










「・・・・・も、聞こえたよ」










何回も何回も、の名前を必死に呼ぶ声―――。










聖夜の奇跡。

2人のお互いを呼ぶ声が招き寄せた奇跡は、2人の中に残り続けるだろう。

その瞬間をどれだけ一生懸命脳に刻み込んでも、いつかは色褪せてしまうけれど。

今この瞬間、その瞬間を大事に出来れば、色褪せてしまっても問題は無い。

その時の感覚だけは、体がいつまでも覚えているだろう。










聖夜の奇跡。





聖夜の声。













































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