笑顔と言葉は強く居ようとするあまり。
「あ、これ良くない?」
はクリスマスツリーの飾りを手に取り、悟浄に見せた。
彼はすぐにを振り向き、明るい笑顔を浮かべて頷く。
とあるショッピングモール。
「しっかし、沢山買うなァ」
「だって三蔵の買ってきたモミの木、大きいんだもん」
溜息混じりに言いながら買い物カゴに飾りを放り込む。
三蔵の職業は会社の重役。
次の社長は三蔵だと、既に決定している程のサラリーマンだ。
彼の給料は社長のソレと大して変わりない。
そんな三蔵がクリスマスを楽しみにしているにと、買ってきたモミの木は高価なものだった。
サイズもかなり大きく、結構広い2人の家にギリギリで入るくらいだったのだ。
それを悟浄に話すと、彼は呆れと尊敬の入り混じった声色でへぇ、と言う。
昔からの知り合いである三蔵は、元より何かと豪快であった。
その面倒臭がりな性格からか、やるならでかく、必要なら多く。
そんな感じで物事を成していた。
今回もその例なのだろう。
「でね、結婚して初めてのクリスマスだから、盛大にしようって」
「あの三蔵が?」
「うん、そう言ってくれたの」
目に付いた飾りを再び手に取り、悟浄の方を向いて笑った。
その笑顔はまるで悟空の様な、寧ろの方がもっと太陽に近い光を放っている。
本物の太陽に似た、明るく、暖かい。
けれど何もかもを照らし出してしまう、残酷な。
月を輝かせるまでの強い光。
携帯の着信音が鳴り響いた。
テレビも付けずに話し込んでいた、悟浄の家。
2人の声しか響いていなかったリビングに切り裂く様に鳴り響く音。
驚きながら、携帯を手に取る。
の携帯、八戒専用の着信音。
通話ボタンを押した。
「なに、八戒?」
何故か心臓がドクドクと高鳴った。
嫌な汗が掌に滲んでいるのを感じながら、八戒の声に耳を傾ける。
気を抜けば心臓の音に聴覚を奪われてしまいそうだ。
「・・・は?」
暫くして、素っ頓狂な声。
隣に座っていた悟浄が、その声にきょとんとした。
の表情がみるみる内に変わっていく。
冷や汗が頬を伝い、両手には力が篭り、呼吸は荒い。
彼は尋常じゃない彼女の様子に、少しでも落ち着かせようと肩に手を置いた。
その内、切られた通話。
無機質な一音を繰り返す携帯を、そのまま取り落とした。
「どうした、」
携帯を落としたまま、僅かに震えるばかりの彼女。
何度もどうしたと問いかけながら肩を揺すると、やっと言葉を発した。
聞き取れずに、聞き返してみる。
「さんぞぉ、が・・・」
交通事故に、遭った。
バタバタと慌しく駆け回る白衣の男女。
その中心には担架に乗せられ、酸素マスクを付けられた三蔵が居た。
薬品名や機械名、ドクターからナースへの行動指示が怒鳴り声として飛び交う。
彼の綺麗な顔は苦しげに歪められていた。
意識があるのか無いのか、閉じられた目蓋。
ただドクター達は必死に治療を施している。
「八戒!!」
そんな慌しい手術室の外、目の前のソファで八戒は手を組んでいた。
まるで神に助けを求める様に組まれたソレは、額に当てられている。
そんな彼の鼓膜を震わせた知り合いの声に、弾かれた様に顔を上げた。
声の先を見ると、今正に手術室で治療を受けている彼の妻と、その彼女の手を引いて走ってくる友人。
八戒は思わず立ち上がって、彼らに駆け寄った。
「、悟浄!今、三蔵は中に・・・っ」
「なんだよ、そんなに酷ェ怪我してンのか!?」
「かなり大きな事故だったんです。大型車のタイヤが言う事を聞かなかったらしくて、反対車線から・・・」
事故の原因などを事細かに説明する八戒の傍で、はただ呆然としていた。
悟浄はの両肩を掴んで、何度も声をかけながら揺する。
まるで抜け殻の様に一点を見つめたままの。
いつも笑顔を浮かべている彼女の、見た事もない姿。
2人は驚きと焦りにうろたえ始めた。
「っ!!」
そんな時、また新たに声が聞こえた。
変わり果てた彼女の名を呼ぶ声に、八戒と悟浄はそちらを向く。
駆け寄ってきて、赤いランプが点灯するプレートを見るなり眉間に皺を寄せたのは、悟空だった。
すぐさま彼はの方に行き、悟浄を突き飛ばす様にして彼女の両肩を掴んだ。
強い光を宿していた彼女の瞳は、虚ろ。
悟空は悲しげに顔をゆがめた。
「!!お前が今そんなんじゃ、三蔵も帰って来なくなるかもしれないじゃんかっ!!」
肩を揺すられるがまま、返答もしないに悟空の表情は泣きそうなものへと変わっていく。
八戒と悟浄はその様子をただ見つめる事しか出来なかった。
今、自分たちが手を出せる状況ではない。
「三蔵は、三蔵はいつもの笑顔で助けられてたんだぞ!?」
そう叫ぶ悟空の脳裏には、三蔵といつか話した会話が蘇った。
彼は三蔵と同じ会社の会社員をしており、書類の事を聞きに行った時だった。
三蔵のオフィスに入ると、彼は写真を眺めていたのだ。
彼の所にある写真と言ったら、の写真の他無いわけで。
いつも来るとソレを眺めている三蔵に、悟空はふと問いかけてみた。
”さんぞー、何でずーっとの写真見てンだ?”
悟空が来ていたのには気づいていたのか、彼はただ鼻で笑った。
目は写真に向いたまま、口を開く。
”の笑顔を見ると嫌なことなど忘れるだろう、お前も”
”ああ、なんかすっげぇ元気になる”
”・・・それに、いつでもアイツの笑顔を見ていたいからな”
滅多に見せない笑顔を、写真の中の彼女に向けた。
穏やかな微笑。多分一生にしか向けられない、三蔵の笑顔。
”の笑顔と言葉は、俺を強くさせ、俺を助ける。アイツの為なら、何でもしようと思える。”
「三蔵は、そうやって言ってた!何があっても、の笑顔のある場所に帰るって・・・っ」
肩を揺する腕が、止まった。
手はの両肩に乗せたまま、悟空は顔を伏せる。
僅かに彼の腕が震えていた。
「悟空・・・?」
少しずつ、元の光を戻し始めたの瞳に、その悟空は映った。
いつも顔を上げて前だけを見つめる彼が伏せた顔。
の両手が悟空の頬に伸びた。
「だから・・・ずっと、笑ってろよ。・・・俺、が笑ってないと、嫌だ・・・!」
”テメェがしみったれた顔してると、アイツらがうるせェンだよ”
”だから・・・っ、テメェはただ馬鹿みてェに笑ってりゃいーんだよ!”
”1回しか言わねェぞ。・・・・・・・・・・の笑顔、好きだ”
「三蔵・・・・悟空・・・」
ぺたりと、は腰を抜かした様に座り込んだ。
長い間溢れる事の無かった透明な雫が、白い頬に伝っては流れていく。
3人にとっては初めての、彼女の泣き顔。
驚きに微動だに出来なかった。
「・・・っ、どうしたらいいの!!三蔵が居なきゃ、笑えないよ・・・っ!」
三蔵が居なきゃ、あの人が居なきゃ。
は両手で顔を覆って、そう嘆く。
彼女が初めて見せた弱さ。
悟空は我に返ると、すぐさまを抱きしめた。
慰めの言葉を簡単にかけられない状況で、ただきつく彼女を抱きしめる。
手術室のランプは未だ残酷な赤色を点灯させたままだった。
刻々と過ぎていく、最悪のクリスマス・イヴ。
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