泣き顔なんて見せたりしないよ、呆れられたくないから。
暖かな日差しが射すも、肌寒い午後。
リビングのソファで三蔵とはくつろいでいた。
彼は新聞を広げ、は横から時々のぞきながら、2人でコーヒーと紅茶をすすり。
そんな時、が静寂を切って話しだした。
「三蔵、クリスマスイブとクリスマス・・・仕事無いよね?」
「何回確認してンだテメェは」
「例のごとく突然の仕事、とか嫌だからさぁ・・・」
「・・・安心しろ、その2日は仕事ねェよ」
「良かった」
嬉しそうにはにかんで、は三蔵の腕に抱きついた。
彼女を見下ろして僅かに穏やかな笑みを浮かべる三蔵。
でもその笑みは、が彼の顔を見上げた瞬間に消えた。
笑顔が消えた事に気づいたは、ムスッと頬を膨らませて。
「どーして、いっつもが見ると仏頂面に戻るのさ」
「何の事だかサッパリだな」
そう言ってコーヒーの入っているカップを口につける。
目は彼女から新聞の活字へと移された。
それにまた、は不満の声を上げる。
三蔵は聞こえない振りをして、黙々と活字を目で追う。
暫く文句を言っていただったが、その内溜息を吐いて大人しくなったのだった。
クリスマスイブは、明日。
「悪い」
そしてクリスマスイブ当日、三蔵は慌ただしくスーツを纏いながらに言った。
朝食を食べている時間は無いらしく、の用意したトースト一枚を口にくわえている。
彼女は苦笑して、三蔵にコートを手渡した。
「もういいってば、何回も謝らないでよ。明日は休みなんでしょ?」
「ああ、明日は絶対、確実に休みだ」
手渡されたコートを乱暴にならない様に受け取り、すぐさま腕を通す。
苦笑からいつも通りの笑顔に戻ったに、三蔵は胸が痛むのを感じる。
物分りの良すぎる彼女。
でもそれは、ただ我慢しているだけなのだと、自分は知っているのに。
どうしてやる事も、出来ない。
三蔵は内心舌打ちをした。
「とにかく、事故と礼儀には気をつけてよね」
彼の曲がったネクタイを直しながらは言う。
例年以上に積もった雪、突然仕事が入って不機嫌な三蔵。
その2つを思えば、気をつける事は事故と礼儀以外にもあるのだろうけど。
は念を押す様にもう一度言って、頷いた三蔵に微笑んだ。
「・・・それじゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
新婚当初から変わらぬ、外出際の軽いキス。
離れるのを惜しむように三蔵はを一度見つめて、出て行った。
ドアの閉まる音がすると、彼女は今まで浮かべていた微笑をふと消した。
その微笑みの消えた表情は今にも泣きそうで。
「ちゃんと、笑えてたよね。悲しそうな顔なんて、しなかったよね」
そんな顔をすれば、三蔵はきっと無理をする。
休むことが出来ない仕事である代わり、早々に終らせようとするだろう。
そうなると、仕事場に到着するまでに事故に遭遇してしまうかもしれない。
そんな最悪の事態になる位なら、自分が我慢する事くらい簡単なのだ。
明日は絶対に2人で居られるのだから。
そう考えて、悲しいと思う自分を叱咤した。
玄関からリビングに戻ると、テーブルの上に置かれた鏡を手にとって覗き込む。
悲しげな表情から明るい笑顔に変えて、鏡を置いた。
意気込んで、深呼吸を3回。
「よし、これから明日の為に頑張るぞ!」
1日、用意する期間が延びたのだ。これを利用するべきである。
はすぐさま外出の準備を始めた。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポンピンポンピン・・・ポーン!
「だァーっ!もう、何回も押さなくても解るっつーの!!」
どすどすどすと足音をたてて、悟浄は自宅のドアを乱暴に開いた。
そして目の前に居た人物にきょとんと、目を見開く。
「ごめんねー、何回も押しちゃって」
あははは、と明るく笑う。
悟浄は慌てて怒りの表情を笑顔に変えた。
「いやいやいや、チャンなら全然いいのよ!ムサいオッサンだったら殴るけどな」
「それは良かった。殴られたらイブがトラウマになりそうだもんね」
「乙女にそれはキッツイよなァ・・・と、何の御用?」
「ああ、三蔵がお仕事になっちゃったから、買い物に付き合ってよ」
そう言って首を傾げるに、悟浄は再びきょとんとした。
ついこの間まで、三蔵が2日も休んでくれるんだと嬉しそうに笑っていたのに。
また急ぎの仕事でも入ったのだろうかと考えて、彼はを玄関に入れる。
「りょーかい。今用意してくっから、ちょおっと待っててな?」
今までも本当の兄の様に面倒を見てくれた悟浄。
の頭に手を乗せて、いつもの人懐っこい笑みを浮かべてそう言った。
彼女は悟浄の笑顔に少し心が軽くなるのを感じ、同じく笑顔で頷いた。
「・・・」
彼女が近所の悟浄の家に行っている時、三蔵は信号を待っていた。
降り積もった雪で運転には更に注意が必要なのだが、彼はの事で頭が一杯だった。
今も携帯に保存してあるの写真を眺めている。
自分の前ではいつも笑顔を浮かべている彼女。
その言葉の通り、泣き顔なんて結婚式の時以来見ていないのだ。
たった1日だけの仕事なのに、何故そんなに深刻に考えるのかと、誰もが思うだろう。
でも三蔵との場合はこの日だけではない。
記念日などに限っていつも仕事が入り、一緒に居てやった日など少ないのだ。
その度に悲しい気持ちを顔に出さず笑顔で自分を見送る。
何も出来ない自分。
彼女の明るく眩しい笑顔を重く感じ始めた三蔵は携帯を閉じた。
未だ青に変わる事の無い信号を見て舌打ちをし、ハンドルに伏せる。
歯痒さに、出血しそうなくらい拳を強く握った。
食い込む爪、伴う痛み。
自分への戒めとしては、ちっぽけすぎる。
式を挙げたとき、三蔵は自分に誓いをたてた。
一生、を護り続けると。
護らなくて良い物が欲しいと思っていた彼だが、だけは何が何でも護り抜きたいと。
彼女だけは、自分が護って生きたいと考えた。
強く振舞っても実は弱い、本来ならば自分の嫌いなタイプのはずなのに。
「・・・誰が、誰を護り続けるだと・・・?」
ギリ、と更に拳に力がこもった。
同時に歯を食いしばる。
「泣かせているのは、結局」
”を泣かせる奴は、俺が殺してやるよ”
”うわぁ、三蔵なら本当に殺しそうだねぇ”
クスクスと、嬉しそうに笑う。
その笑顔に見入る三蔵。
強まる”護りたい”という気持ち、”愛しい”という気持ち。
「俺じゃねェか・・・っ」
”涙”として表さないは、必ずどこか独りで泣いているはずだ。
三蔵の居ない時に泣いているか、或いは、心だけで泣いているのか。
どちらにしても原因が三蔵である事には変わりなく。
「、、・・・!」
「・・・っ愛してる・・・」
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